2018年08月28日

愛犬を失って1年後に思うこと

新しい犬はけっして代わりにはならない


2018年8月23日、初代息子(バーニーズマウンテンドッグ)が亡くなって1年が経った。
最期の様子↓

IMG_0587.jpg

思い出すと息子は、
「花火が打ちあがると、パニック状態となり、どこまでも必死に逃げようとする」
「通りすがりのコーギーに突然噛まれても、じっと座って我慢している」
といった具合に気が弱い子だったにもかかわらず大変プライドが高かった。

しつけで家族にはおなかを見せるようにさせていたが、
自分からは亡くなるまでけっして見せなかった。

散歩時は3歳までリードを引っ張りまくった。

5歳までは嫁に対して甘噛みをしまくった。
(そのため嫁の腕はいつもカサブタだらけだった)

このようなことで私とは何度かしつけというレスリングなどをし、
本気で噛まれたことが3回ほどある。

そのうち1回は、私と嫁の夫婦げんか(口論)中に、
突然私の腕に噛みついてきた。
これが本気で万力のようにグリグリ締め付けられ、
直径5㎜ほどの穴がポッカリ開いた。

「普段は私の言うことばかり聞いているのに、
緊急時は嫁を救おうとするのか!?」

この驚きは今も鮮明に覚えている。

しかし、5歳になる前あたりから、
完全に我が家の一員となった。

一緒に生活するうえで、ほとんどストレスを感じることがなくなったのだ。

・吠えない
・トイレは外でしかしない(これが介護時の問題になったが)
・人間の食べ物を欲しがらない(一生人間の物はあげなかった。嫁は「最期くらいアイスクリームをあげたかった」と後悔している)
・家の中のモノを壊さない
・子どもに何をされても怒らない(目つぶしをされても)

そして、夜にリビングから寝室へ行こうとすると、自分からサークルへ入る。
酔っぱらってがっつり撫でてやろうと目を合わせると、5m離れていても微妙な表情で身体を寄せてくる。
テーブルから新聞が落ちるとくわえて渡しに来る。
仕事のことなどでイライラしていると自分からサークルへ避難して息を潜める……。

さらに私にとっては、完璧な遊びの相棒となった。

・毎週一緒に海へ行く
サーフィン中は路駐のクルマにつながれ、仲間や知らないサーファーに癒しを提供。

・カヌーや川遊びに同行
少しきつい瀬に入ると簡単に川へ落ちていた。どうせ岸に流れつくので放っておくと、泳ぎが苦手なくせに見捨てられまいと必死に泳いできた。
また、私が泳ぎはじめると毎回溺れたと勘違いして飛び込み、自分が溺れて私に助けられていた。


5.jpg

DSC00533.jpgIMG_4251.jpg

・雪山登山に同行
10歳まで傾斜45度くらいの岩場でも、張り付くように登った。
最後の登山は紅葉の低山(標高500m)。
11歳の誕生日だった。


9.jpg

IMG_4807.jpg


とはいえ、息子はマウンテンドッグのくせにアウトドアは、あまり好きではなかった。
キャンプ地が少しでも湿っていると絶対にフセをしない。
私が清流パラダイスを発見しようと山奥へ入ると、
勝手にUターンして1km離れたクルマの近くで待っていることもあった。
熊除けの役目もあったのに……。

私にとっては、まさに「ツーと言えばカー」の仲。
どこへでも一緒に探検する最高の相棒だった。
家で仕事をすることが多いこともあり、
本当にいつも一緒にいたのだ。

そんな息子が1年前に、あと3カ月で12歳、というところで亡くなった。

IMG_6656.jpg

バーニーズマウンテンドッグの寿命は、10歳といわれているので、
覚悟は十分できているつもりだった。

体調がおかしくなってからは、
出費を気にせずにできることはすべてやった。
悔いはないはず。

でも息を引き取った瞬間、心に大きく、そして冷たい穴が開いた。
「息子がいなくなった……」
その言葉だけが頭の中で何度も何度も、何度も何度も繰り返される。

1時間ぐらいそうしていたはず。
そして現実逃避がはじまった。

「明日の朝にコイツがいないなんて理解できない」
「ペットロスなんて自分には耐えられない」

午後8時50分に亡くなり、
その日付が変わる前には、新しい犬のブリーダーにメールをしていた。
(嫁はこのことを知らない)

そして約3ヵ月後に新しい子(ゴールデンドゥードルの泰楽)を迎えた。
これで穴は埋まったのか??

実は穴はしっかり残っている。
その存在を意識する頻度は減ったが、
同じ大きさ・深さで。

亡くなった相棒の喪失感は、
新しい犬を迎えても埋まらない。
毎日「去年の今ごろアイツはこうしてたな」と思い出す。

7年前に約20年離れて暮らした父を亡くしたが、
その感覚とはかなり違う。
父に対しては離れて暮らしていたので、
今でも実家へ行けば会える気がしている。
時々旨いものを見つけると「これオヤジに持って行こう」となるのだ。

しかし、息子に対しては思い出すたび
「あぁ、いないんだ」と胸にこみ上げてくるものがある。

ただし、次の子を迎えることで、
穴は穴として残るものの、
過去の楽しい記憶に新しい思い出が積み重なって、
より充実した人生になっている。

今まで母を失う子のドラマなどで
「お母さんは君の心の中で生き続けるよ」
といったセリフを聞くと意味がまったく分からなかった。

ところがこの1年でやっと理解できるようになってきた気がする。
父に対しても息子に対しても時々無意識に話しかけているのだ。
「こんなことしたら怒るよね?」
といった具合に。

そして二人に対して恥ずかしくない人生にしようとしている。
たぶんこの会話は一生続くだろう。

だから泰楽に対しては、初代息子が喜ぶことをしようと思う。
初代息子よりも少しだけやさしく、たっぷり遊ぶ。

生き物は必ず死ぬ。
だから犬を二度と飼わないか?

それはない。
犬は生活を楽しく豊かにしてくれる。

特に大型犬は、
3歳児の愛くるしさ
15歳の体力
をほぼ一生維持する。
しっかり意思疎通ができるようになれば
「父ちゃんが行くところならオレはどんなことをしてでもついて行くよ!」
と365日・24時間寄り添うようになるのだ。

初代息子がいなかったらカヌーはしなかったし、雪山にも行かなかった。
だから泰楽には、最期までベストを尽くして付き合っていこうと思う。

IMG_6157.jpg

ラベル:1年後

「書籍の編集協力ならお任せください!」
年間5~6冊の本を執筆しているフリーライター椎名前太のホームページ↓

posted by ZENTA at 18:25| Comment(2) | 愛犬を亡くすということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。
ドュードル検索して、こちらのブログを拝見させてもらいました。いつもとても楽しそうにアウトドアを愛犬と過ごしている日々を羨ましく、憧れ、私もこんな日々を愛犬と過ごしていきたいと目標にさせてもらってます。

前のゴールデンレトリバーを今から1年半前に14歳半で亡くし、その半年後にドーュドルを迎えちょうど1年になりました。

私もだいぶ今の子に救われ笑顔も増えましたが、やっぱり前の子を思い出すと今でも涙が出ます。「愛犬を失って1年後に思うこと」を読んでとても共感しましたのでコメントさせてもらいました。

いつかどこかで会えて遊んでもらえたら嬉しいです。これからも楽しい日々、参考にさせてもらいますね!
Posted by ミーコ at 2019年07月23日 17:17
ミーコさん、コメントありがとうございます。
共感していただいてうれしいです。
これからも初代息子との想い出の上に、泰楽との楽しい体験を積み重ねていこうと思います。
今後もよろしくお願いします!
Posted by ZENTA at 2019年07月23日 18:04
コメントを書く
コチラをクリックしてください
●スポンサードリンク●